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福岡地方裁判所久留米支部 昭和41年(ワ)194号 判決

原告

珠教清

ほか一名

被告

堤鉄鋼株式会社

主文

被告は、原告珠教滋に対し、金三五万円およびこれに対する昭和四一年四月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告等その余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告清と被告との間に生じたものは同原告の負担とし、原告滋と被告との間に生じたものはこれを三分し、その二を同原告の、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告滋において金五万円の担保を供するときは、その勝訴部分に限り、被告に対し、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は、原告珠教清に対し、金二二万円およびこれに対する本訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。被告は、原告珠教滋に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四一年四月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、その請求原因を次のとおり述べた。

一、原告滋は、昭和四一年四月七日午後八時四〇分頃、原告清所有の普通乗用自動車福五な六二六〇(以下被害車両という。)を運転して久留米市小頭町方面より梅満町方面に向けて進行し、原古賀町一四六番地先の交通整理の行なわれておらずかつ左右の見とおしのきかない交差点(以下本件交差点という。)に徐行して入つたが、その際被告の被用者たる林義孝は、被告所有の普通乗用自動車福五の二九二(以下加害車両という。)を無免許で運転し、しかも道路交通法第三五条第三項、第四二条に違反して右方道路(本町方面)から、制限時速四〇粁を超過する時速約五〇粁の高速で直進した故意または過失により本件交差点の中心部において加害車両の前部を被害車両の右後部に衝突させて、これを大破させた。

二、そのため原告滋(昭和二一年六月一八日生)は、左鎖骨兼左肩胛骨々折兼顔左肩部左肋骨部左大腿部打撲兼擦過傷の重傷を負つた。そこで、同原告は、久留米市荘島町所在久原病院に入院し、同年七月四日退院(その間正味五七日間入院)後も引続き通院加療を受けた結果、骨折は治ゆしたが、局所の神経痛様疼痛を残し、左肩関節運動範囲、前方挙上一七〇度、後方挙上四六度、側方挙上一七〇度で強度の疼痛あり、握力右四〇、左二五(労働者災害補償保険法施行規則別表第一障害等級表第一四級)の後遺症がのこつた。

三、(一)原告清所有の被害車両は本件事故直前、訴外日野自動車久留米営業所で、金二二万円の評価査定を受けており、これが本件事故により使用不能になったから、原告清は、同額の損害を被つた。

(二)1 原告滋は、本件事故当時、訴外松商事株式会社九州出張所(父原告清が所長)に勤務するかたわら、定時制高校三年に在学していたものであるが、前記負傷のため、前後二回にわたり延五七日間入院し、引続き約六ケ月間通院加療を受けたが、なおかつ前記後遺症がのこり、その間出席日数不足で留年となり、また自動車の運転や力仕事ができなくなつたのでやむを得ず免許証の更新を断念し、現在では事務職に従事している。

2 よつて、右負傷により受けた甚大な精神的肉体的苦痛、後遺症に基く将来の社会生活上の不利益や稼働能力の減少による莫大な逸失利益等に鑑みると、原告滋の慰藉料は、金一〇〇万円をもつて相当とする。

四、被告は加害車両の所有者であり、自賠法第二条第三項にいわゆる保有者である。

訴外林義孝は、使用者たる被告会社の住込従業員(被用者)であつて、原付免許を有していたが普通免許を受けていなかつたので、同社の自動三輪車の運転助手として稼働してきたが、これまで同社の普通乗用自動車を使つて、同社構内で三回、公道上で一回、運転時間延約五〇時間にわたり運転練習を行つていたものである。当日、右林は、勤務時間終了後、同僚の私用を果すため、被告会社に無断で加害車両を運転中に、本件事故を起したものである。従つて、かかる被用者の無断運転行為は、これを外形的客観的にみると被用者の前記職務と関連するものであり、かつ使用者も加害車両の鍵の保管を怠つていた過失があるから、林の右所為は、まさに使用者の事業の執行にあたるというべきである。

従つて被告は、民法第七一五条により、被用者林義孝が使用者たる被告会社の事業の執行に付き原告清に加えた前記損害を賠償すべき責任があり、また自賠法第三条により、本件事故により身体傷害を被つた被害者原告滋に生じた前記損害を賠償すべき責任がある。

五、仮に、前記三(一)の主張が容れられないとしても、原告清は、被告との間に林の前記不法行為による紛争を止めるため、破損した加害車両を譲渡し、被告から金二二万円の支払を受ける旨を合意したから、被告は同原告に対し、右金二二万円を支払うべき義務がある。

よつて、被告に対し原告清は、前記不法行為に基きあるいは前記和解契約に基いて金二二万円およびこれに対する本訴状送達の翌日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告滋は前記不法行為に基いて慰藉料金一〇〇万円およびこれに対する不法行為当日たる昭和四一年四月七日から支払ずみまで前同様遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

六、被告主張事実第三ないし第五項は争う。

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告等主張請求原因事実第一項のうち、原告滋が原告等主張日時に原告清所有の被害車両を運転して小頭町方面より梅満町方面に向けて進行し、交通整理の行なわれておらずかつ左右の見とおしのきかない本件交差点に入つた際、被告の被用者たる林義孝が被告所有の加害車両を無免許運転し、右方道路(本町方面)から直進して該交差点に入り、中心部において加害車両の前部を被害車両の右後部に衝突させて被害車両を大破させたことは認めるが、その余は争う。

二、原告等主張請求原因事実第二ないし第五項は争う。

三、訴外林義孝は、被告会社の勤務時間終了後、無断で加害車両を盗取使用して本件事故を起したものであり、また運転免許を受けていないから、自動車の運転はその職務の範囲には属しない。

かように、林は被告会社の事業の執行につき本件事故を起したものではなく、また被告会社のため加害車両を運行の用に供した者でもないから、被告会社は、民法第七一五条あるいは自賠法第三条の責任を負わない。

四、仮に原告清に対する損害賠償債務があるとしても、被告は、原告清との間に林の前記不法行為による紛争を止めるため、損害金の支払に代えて被告の費用で被害車両を修繕する旨を合意し、その後これを修繕して同原告に引渡したから、被告の右損害賠償債務は消滅した。

五、仮に原告等主張の損害賠償債務があるとしても、林の進路の幅員は、原告滋の進路の幅員よりも明らかに広いから、狭い道路から本件交差点に進入しようとする同原告には、一旦停止または徐行し右方道路の交通の安全を確認して同交差点に進入すべき注意義務があるのに、同原告はこれを怠り、漫然本件交差点に進入したのであるから、本件事故の発生については同原告にも二分の一の過失がある。

〔証拠関係略〕

理由

第一、原告清の請求について

一、原告滋が原告等主張日時に被害車両(原告清所有)を運転して久留米市小頭町方面より梅満町方面に向けて進行し、交通整理の行なわれておらずかつ左右の見とおしのきかない本件交差点に入つた際、被告の被用者林義孝が加害車両(被告所有)を無免許運転し、右方道路(本町方面)から直進して該交差点に入り、中心部において加害車両の前部を被害車両の右後部に衝突させて被害車両を大破させたことは、当事者間に争いがない。

二、原告等は、被告の被用者林が無免許で加害車両を運転し、交通整理の行なわれておらずかつ左右の見とおしのきかない本件交差点において、道交法第三五条第三項、第四二条に違反して右方道路から制限速度を超える高速で直進した過失によつて本件事故を起したから、民法第七一五条により使用者たる被告に損害賠償責任がある旨主張するので検討する。

(一)  成程、林が無免許で普通乗用自動車を運転したことは、前記認定のとおりであり、これが道交法第六四条所定の義務に違反することは明らかであるけれども、原告等が自認するように、林は原付免許を有しており、自動三輪車の運転助手をつとめ、これまで普通乗用自動車を四回、運転時間延約五〇時間にわたつて運転したことがあるから、このような特別事情のある場合には、無免許運転即法令知識欠如、運転技術拙劣推定の経験則が働かず、林の前記無免許運転の所為それ自体と本件事故の発生との間に相当因果関係が存在しないと認めるのが相当である。従つて、林は無免許運転自体を理由に不法行為責任を負うべきいわれはない。

(二)  また、道交法第三五条第三項には、車両は交通整理の行なわれていない交差点に入ろうとする場合において、左方の道路から同時に当該交差点に入ろうとしている車両があるときは、当該車両の進行を妨げてはならないと規定されている。〔証拠略〕によれば、林の進路(以下A道路という)の車道幅員は、一一・一米であり、これと直交する原告滋の進路(以下B道路という。)の車道幅員は八米にすぎないことが認められ、乙第二号証(司法巡査作成の実況見分調書)中、後者が九・八米あるとの記載は、同号証が裁判所作成の検証調書である甲第四号証の九よりも正確性が一段と劣ると考えられるので採用できず、他に右認定を動しうる証拠はない。

そうだとすれば、A道路の幅員は、これと交差するB道路の幅員よりも一見して何人にも明らかに広いと解せられる。

しかも、道交法第三六条第四項により、この場合には第三五条第三項が適用されないのである。

従つて、優先順位にあるA道路を進行する加害車両には、被害車両に対し、優先通行権が認められ(第三六条第三項)、逆に左方の車両たる被害車両には、優先通行権が認められないことになる。

結局、林には道交法第三五条第三項違反の所為がないので、林は右通行方法自体を理由に不法行為責任を負うべきいわれはない。

(三)  道交法第四二条によれば、一般に「交通整理の行なわれていない交差点で左右の見とおしのきかないもの」においては、車両は、徐行しなければならないが、この場合においてもその進路が同法第三六条第二項にいわゆるその幅員が明らかに広いため前記優先通行権の認められているときには、徐行義務が免除されると解するのが相当である(最高裁昭和四三年七月一六日第三小法廷判決、刑集第二二巻第七号八一三頁参照)。

従つて、本件交差点が「交通整理の行なわれていない交差点で左右の見とおしのきかないもの」に該当するからといつて、直ちに、優先通行権の認められるA道路を進行する加害車両に徐行義務があるということはできない。

結局、林には道交法第四二条違反の所為がないので、林は、右不徐行自体を理由に不法行為責任を負うべきいわれはない。

(四)  〔証拠略〕を総合すれば、A道路の最高制限速度は時速四〇粁であり、林はこれを時速約一〇粁超過する時速約五〇粁で加害車両を運転し、本町方面より本件交差点に向つて進行して来たところ、衝突地点の約二五米手前で左方のB道路から来る自動車の前照灯の光を見たのでブレーキを軽く踏んで時速約四五粁に減速し、約七・四米進んだとき左斜前方に被害車両を見てブレーキを強く踏むとともに衝突直前右にハンドルを切つたが及ばず衝突したことが認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は、前頭各証拠と対比して採用できず、他に右認定を動しうる証拠はない。

制限速度違反運転の所為と本件事故の発生との間には、特別の事情のない限り、相当因果関係が存在すると推認するのが相当である。

ところが、被告は右特別の事情の存在についてなんら主張立証しない。

そうだとすれば、林には道交法第二二条により最高制限速度を超過する高速度で自動車を運転してはならない注意義務があるのに、林はこれを怠り、漫然前記高速度で加害車両を運転した過失があることが明らかである。

従つて林は、右過失ある所為によつて本件事故を発生させたものというべきである。

(五)  後記第二の一(二)の認定のような雇傭関係、加害車両の使用管理状況等に鑑みると、林の前記無断運転の所為は、これを外形的客観的にみると、それが被用者たる林の職務の範囲内の行為と認められ、その結果惹起された本件事故による損害は、使用者たる被告会社の事業の執行に付いて生じたものと解するのが相当であるから、被告は民法第七一五条により、林が原告等に加えた損害を賠償すべき責任を負うことが明らかである。

三、〔証拠略〕によれば、被告主張事実第四項が認められ、原告清本人の供述中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右しうる証拠はない。

そうだとすれば、被告の原告清に対する損害賠償債務は、右和解契約の履行により消滅したことが明らかである。

四、なお、原告等は原告等主張請求原因事実第五項の和解契約が成立した旨主張するけれども、原告清本人の供述中これに符合する部分は、証人松本芳春および同原告本人の各供述中被告が被害車両を修繕して同原告に返還した旨の供述部分と対比して採用できず、他に該事実を認めうる証拠はない。

よつて、原告清の和解金の支払を求める請求は理由がない。

五、結局、原告清の被告に対する本訴状請求はすべて理由がないといわなければならない。

第二、原告滋の請求について

一、(一) 交通事故における被害者と加害者の実質的公平をはかるためには、自動車の所有者ないし常時その自動車を自己のために運行の用に提供している者等、危険責任、報償責任の思想に基いて抽象的、一般的に運行支配、運行利益享受の可能性ある地位にある者をもつて自賠法第三条の自己のために自動車を運行の用に供する者であると解し、かかる運行供用者は、事故以前に当該自動車に対する自己の支配を喪失する等、右地位が消滅したと認めうる特別の事情の存在を主張立証しない限り、責任を免れることができないとするのが相当である。

そして、加害車両が被告の所有であることは、前記第一の第一項認定のとおりであるから、被告は、加害車両の所有権取得により、同時にその運行供用者たる地位をも取得したというべきである。

(二) 被告は、林が勤務時間外に私用のため無断で加害車両を運転して本件事故を起したものであつて、本件事故以前に運行供用者たる地位が消滅したから、運行供用者責任を負わない旨主張するので検討する。

成程、〔証拠略〕によれば、林は、当時被告会社に雇傭され、自動三輪車の運転助手として住込みで配達業務に従事していたこと、林は第二種原付免許を有しており、当時さらに普通免許をとるため、構内の運転に限り上司の許可を受けて被告会社の普通乗用自動車を使用して、昭和四一年一月頃から会社構内で三回、公道上で一回、運転時間延約五〇時間にわたつて運転の練習をしていたこと、加害車両は被告会社の所有であつて、役員用に使用され、勤務時間外には被告会社構内倉庫に格納されていたこと、被告会社専務取締役は、加害車両の管理権者として、平素同車の鍵を所持し、勤務時間外にはこれを自宅に持帰つていたが、本件事故当日偶々鍵の保管を怠り、鍵をつけつぱなしにしていたので、林が簡単に加害車両を持出しえたこと、林は当日勤務時間終了後、同僚従業員の私用を足してやるため、被告会社に無断で加害車両を持出し、久留米市内を運転して帰社する途中に本件事故を起したことが認められる。

しかしこのような林と被告会社との雇傭関係、日常の加害車両の使用管理状況、無断運転の動機等に鑑みると、林の無断運転は用事が済めば短時間内に帰社返還することを当然に予定してなされたと認められるから、未だ右事実によつては、被告会社の加害車両に対する一般的運行支配が喪失したとは認め難く、従つて、被告は本件事故当時なお加害車両の運行供用者たる地位を保持していたといわなければならない。

その他被告の右主張事実を認めうる証拠はない。

よつて、被告主張の前記抗弁は失当であり、被告は、運行供用者責任を免れることはできない。

二、(一)〔証拠略〕によれば、原告等主張請求原因事実第二項のほか、林が本件事故につき業務上過失傷害罪、道路交通法違反罪として罰金三万円に処せられたことが認められ、他に右認定を動しうる証拠はない。

(二)〔証拠略〕によれば、原告等主張請求原因事実第三項(二)1が認められ、他に右認定を左右しうる証拠はない。

(三) これら諸般の事情を考慮すれば、原告滋の慰藉料は金七〇万円をもつて相当とする。

三、そこで、被告主張の過失相殺の抗弁について判断する。

前記第一の二(二)に認定したとおり、A道路はB道路よりも明らかに広いから、原告滋には、道交法第三六条第三項によりA道路(林の進路)から本件交差点に入ろうとする車両(加害車両)があるときは、その進行を妨げてはならない義務がある。

ところが、〔証拠略〕を総合すれば、原告滋は被害車両を運転して、小頭町方面から本件交差点に向つて時速約三〇粁で進行し、衝突地点より約三〇米手前から次第に減速して時速約一〇粁で本件交差点内(衝突地点の約八米手前)に入つたとたん、右方道路(A道路)上に加害車両の前照灯の光が近付いて来るのを発見したが、漫然その前面を通過しうるものと軽信して同一速度で直進しようとしたため加害車両と衝突したことが認められ、他に右認定を左右しうる証拠はない。

そうだとすれば、原告滋は右注意義務を懈怠して漫然運転を継続した重大な過失により本件事故の発生を助けたことが明白である。そこで、公平の見地に立つて同原告の右過失を斟酌すると、前項で認定した同原告の損害のうち被告の責に帰すべき限度は、その二分の一、すなわち金三五万円と認めるのが相当である。

四、結局、被告は原告滋に対し、右過失相殺後の損害額金三五万円およびこれに対する本件事故当日である昭和四一年四月七日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負うことが明らかである。

第三、結論

よつて、原告等の被告に対する本訴各請求は、右認定の限度において理由があるからこれを認容し、その他は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 辰巳和男)

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